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ただそれだけを見つめること [どうしても知って欲しい大切なこと]

前回も書きましたが、競馬馬みたいにいつも自分の進む道意外が見えないように目隠しされてたらいいのだけれど、周りってついつい見えてしまいますよね。自分でも「あっ、今誰かと比べてるから悔しいのだな!」と思うことよくありますもん。


坐禅(座禅)をする時もよく「只管打坐」と言われますが、これは「坐禅(座禅)の呼吸と一体になれ。」ということだそうです。坐禅(座禅)の呼吸それだけに意識を集中して、それ以外を見ない、考えないということだと思います。


「それ以外を見ない」方は、普通のときよりも楽なはず。だって坐禅(座禅)では「半眼」と言われる、

目を開くのでもなく閉じるのでもない状態を続けていなければならないからです。


残念ながらこの「半眼」を続けることさえも、私にとってはとても難しい。
考え事をする癖のある私は、ついつい余計なことを考えてしまって、「あっ、いけない!」と気づいた時には、もう必ず、絶対、100%目をつむっています。

本当にそれはもう確かなことです。余計なことを考えている時は、必ず目を閉じている時なのです。
「目を閉じないこと」これはとても大切なことです。


「数息観」という呼吸の仕方があります。文字通り息を数えるのです。
「ひと~つ」と言う間に大きなゆったりした一呼吸をする。「ふた~つ」と言う間にまた大きく呼吸をす

る。それを「と~お」まで繰り返す。そしてまた「ひと~つ」に戻る。


私は集中力が無いので、「みっつ」くらいで妄想の世界に入ってしまうため、気づいた時にはいくつ数えたのか忘れていて、また「ひとつ」からの繰り返し。
これではいかん! わかっているのですけれどもね、なかなか治りません。
だって物心付いた頃からの癖ですから、そうやすやすと治る訳が無いのです


「半眼」にしろ、「数息観」にしろ、出来た方がいいに決まってます。
それが簡単に出来る人は、人より優れた素質を持つ人でしょうから、リーダーになるための厳しい修行の坐禅(座禅)をされたらいいと思います。


でも私は言っておきたい!
30年経っても、「半眼」も「数息観」もしっかり出来ないこんな怠け者の私でも、坐禅(座禅)で幸せ

になることが出来ました。


要所要所で正しい呼吸が出来さえすれば、そんないい加減な坐禅(座禅)でも、幸せになることは出来るのです。(^-^)

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